エンディングは「サライ」ではなかった。SMAPの「世界に一つだけの花」。この選択は、かなり画期的だったのではあるまいか。喜んでいる人が大勢いるだろう。CDもまた売れるだろう。でも、私が考えたのは作者マッキーのことだ。
槇原敬之は私の大学の後輩で、デビュー曲「どんなときも。」は確か彼が浪人しているときに作られたものだったはずである。私にとってこの「どんなときも。」は特別な曲だ。躁状態でまさに狂っていたとき、とりつかれたようにこの歌を繰り返して聴いた。脳が吹っ飛びそうなとき、踏ん張るために聴き続けたのだ。
この曲は、仮に彼が一発屋で終わったとしても、その後ずっと賞賛を浴びるであろうほどにインパクトがある。だから、彼が続いてヒット曲を出していったとき、もつのだろうか?と心配した。創造の泉は枯渇しないだろうか、と。そしてあの事件である。もう、彼は闇に葬り去られてしまうのだろうか…?
しかし彼は復活を遂げた。「世界に一つ〜」をSMAPが歌うことで、クリーンでさわやかなイメージを取り戻した。世間では、世界に一つといえばSMAPという認識だろうが、私にとってはそうではない。これは、マッキーがただものではないことを世にアピールした曲なのである。
SMAPが、泣いているタレント達が、武道館の観客が、日本中の感動組が歌っているこの曲。私は左下の歌詞だけを凝視した。マッキーはこのフィナーレの模様をどのように感じているのだろう。歌を作る者として、これ以上のよろこびはないほどだろうか。ではそれは、一体どのくらい嬉しいのか。知ってみたい。
「特別なOnly One」は、誰もがなれるものではないと私は思う。「みんなそうですよ」と歌いながら、本音は違うだろう。僕はみんなと同じですよという顔をして、現実には全然違う。でもみんなを励ますことができるということは、優しさがあるから可能なのだろう。その優しさにみんなは「感動」しているのだ。
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